「カミングアウト」というと
いささか、敷居の高い「特大イベント」のように思えるのですが
私個人の意見としては(十人十色の意見存在、承知の上で)
「カミングアウト」= イチ人間としての「個性発表会」として捉えております。
(今となっては)
「私個人という存在の個性の中のひとつにいてなんだけどさ。」
「両利きなのさ。」「AB型ですの。」
といった類のイチ「個性特性」としてで御座います。(今となっては)
そんな風に自分の中でレズビアンというセクシャリティを一つの個性として昇華し、自己受容できるようまでになったのは、
戦々恐々 / 深刻真顔「カミングアウト」に対し
対等姿勢 / 個性受容 「あっさり塩味」で受け止めてくれた友達がいたからこそです。(表現癖強
「あ、そうなんだ」 (淡々と)
「なんとなくそんな気がしてた」(丸見えお見通し)
と深刻に思い悩みカミングアウトした私とは対照的に
「うん、それで?」といった淡々とした反応(冷静反応
そんな風にストンと受け入れてくれた存在がいたからこそです。(感謝
私事の前置きが長くなりすぎたのですが、(序章だったんかい
ここから私の「カミングアウトエピソード」について失礼いたします。(本題やっと
カミングアウトは、学生時代にできたストレートのお友達へ致しました。
大号泣しながら、セクシャリティをカミングアウトした私へ
「え、いっぱいいるよ。」と淡々と受け入れてくれたのです。(喫驚仰天
当時今ほど同じセクシャリティの方の情報も触れることは少なく(私のネット音痴のせい大
本当に周りに同じセクシャリティ(レズビアン)の方がいるかも信じられず
あ、いるんだ。
あ、同じセクシャリティの方いるんだ。
あ、そしてレズビアンの人がいることを認識してくれてるストレートの人もいるんだ。
と、凝り固まった心がほぐれていきました。
孤立女子から、安心女子に変容するキッカケとなりました。
そしてこのカミングアウトきっかけで
たとえ一人でも、私の個性を知ってくれた上で、否定せず、ただ見守ってくれる人がいるだけで「安心感」を得ることができることも知りました。
「自分」という存在を受け入れることができる「安心感」です。(何回目
そこからレズビアンバーへ訪れる経験を経て「レズビアン」というセクシャリティは、私をかたどる「個性特性」の一つなんだなあと。昇華できました。
それから徐々にですが、他の親しい方への「カミングアウト」を考える勇気も、もつことができるようになりました。
「親しい方へのカミングアウト」をする個人的な意見(感覚?)としては
理由は
「理解してほしい。」というよりは、
これからも沢山の時間を過ごしていきたいので「私の個性を知っておいてくれたら嬉しいな。」に近いです。
「あなたが男性を愛することと同じで、私が愛する人は女性なの。」
「自然と女性に惹かれるの。」
「愛する感覚はみんなおんなじなの。」ただ、「恋愛対象が「女性」なだけなんだ。」
てことを伝えたいからです。
私事とんでもなく長々と失礼いたしました(長文失敬
これを読んでくださった皆さま一人一人が「カミングアウト」するしないに関わらず、
それぞれのセクシャリティを大切な個性として、心温まる愛に溢れる毎日を紡げることを祈ってます :)
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